岡山指定史跡曹源寺
岡山指定史跡曹源寺をぶらりしてきた。岡山そして操山でも歴史あるお寺として有名だ。お寺の入り口(総門)へは長い一本道があり、両端には松の木がズラリと並び立っている。
立ち寄った日は、晴天に恵まれ午前の明るい日差しのなかホカホカと暖かく、とても爽やかで気持ちよいものだった。
時おりお寺へ訪れていた方たちとすれ違うことがあったが、みなな笑顔で「おはよう」、「こんにちは」と会釈してくれる。筆者もあいさつを返し、ちょっとした人と人の交流に温かみを感じられずにはいられない。こうしたちょっとした交流が失われがちな現代だが、お寺という存在は人々の行き交う場所として、その重要性を教えてくれる。
訪れていた方たちはどのような気持ちで、この曹源寺へ訪れていたのだろうかと、少し考えをよぎらせる。
お寺への入り口(総門)からはそのまま石畳が一直線に伸びており本堂までつながっている。午前中ということもあり、寺内ではお坊さんたちが庭のお掃除をしていた。ここ曹源寺では外国人のお坊さんが多く修行に来ており、みんな笑顔で会釈してくれるのであった。
本堂までの途中には池や山門(三門)があり、いずれも歴史と赴きを感じさせるもので、見ていて飽きないものがある。
資料によれば、山門は入母屋造、本瓦葺、五間三戸の楼門で、柱は礎盤のついた総円柱である。両側には山廊が付く。上層の内部には仏壇を設け、中央に宝冠の釈迦と両脇侍を安置、その左右に十六羅漢の木造を並べている。寺創建時の建物であるとか。
山門を過ぎていくと本堂がある。ここでは座禅が行われているようで、時おり「お静かに」という札が立てられていることがある。中を直接見ることはできないのだが、お坊さん達の座禅姿が目に浮かぶ。
さて本堂であるが、資料によれば安永九年(1780年)に一度焼失している。現在の本堂は文政七年(1824年)に再建されたものだとか。
内部は三室に区切り、中央の室中だけが格天井、ほかの二室は竿縁天井である。仏間の仏壇には、本尊十一面観音を祀り、代々の霊牌を安置している。
この本堂の裏側であるが、岡山藩主代々のお墓があるのだが、これがまた目を奪われるほどの規模で立派なものであった。ここへ行くためには曹源寺の庭園から回って行かねばならないのだが、庭園には拝観料が大人100円、小人50円が必要。
岡山藩主代々が眠る墓地が本堂裏側にある。ここへは先に説明した通り、曹源寺の庭園から回っていかなければ入ることはできない。お墓への入り口も小さく城壁沿いの道を登る必要があるので注意が必要だ。
岡山藩主は池田家であり、墓碑には池田家累代の名前が刻まれている。とても綺麗に整理されており、静けさの中に歴史の重みを感じることができる。陶磁器のような灯篭もあり、なんとも芸術的な作りだ。お墓の広さも大きく、見ていてまったく飽きないちょっとしたお勧めスポットだ!

紹介が前後したが、曹源寺の庭園を紹介したい。拝観料が必要だが、庭園は池を中心に広がっており、ぐるっと一周できるようになっている。
池には鯉がおり、休憩所のようなところで餌をあげることができる。ちなみに餌は専用のものが用意されており、別途餌代100円が必要。
一周しようとすると途中から小高い山があり、そこから庭園を一望することができる。庭園内の建物には外国人のお坊さんたちが居たのだが、何やら談話を楽しんでいるようであった。
ゆっくりと時が進み、太陽の光が優しく降り注ぎ穏やかな気持ちになる。岡山には日本三名園のひとつ後楽園があるが、同じ池田家の愛した庭園がここにあるのではないだろうか。
お寺の方から山へ少し登って行くと、三重塔が見えてくる。山道は少しばかり険しいところもあるので、行くときはシューズなどで行った方がベストだ。
立ち寄ったときはお坊さんがちょうど草刈の途中だったのだろうか、三重塔の階段で一休みをしていた。しかし曹源寺には男女という区別をなしに外国のお坊さんが多いことに改めて気づく。
この三重塔へではあるが、操山の登山ルートの一つとしてあり、他の登山ルートからこちらの曹源寺へ下ることも可能で、また逆も可能。三重塔を過ぎてそのまま登山を続ければ、里山センターへ行くこともできる。途中竹林の並木道があり、趣きを感じることができるのではないだろうか。またそのまま別ルートへ進めば操山古墳や石室などさまざまな古代の歴史に触れられる。その昔は操山の麓までは海だったと言われている。








